ルイエ教授、バーベキューパーティーで職業は何ですかと聞かれたら、何と答えますか?
ルイエ教授:そんなときのために、自分でも満足のいく答えが用意してあります。レーザ物理学と原子物理学の接点で仕事をしていると答えることにしています。私たちのチームは、カメラのフラッシュのようなとてもとても短いレーザパルスを利用しています。これを利用して、電子などの極めて素早い動きを撮影しています。
"とてもとても短い "というのは...?
ルイエ教授: アト秒のレーザパルスのことです。
アト秒を簡単に理解する方法はありますか?
ルイエ教授:不可能です。この非常に短い時間をわかりやすく説明するいくつかの試みの中で、私が時々使うたとえは、「アト秒と1秒の関係とは、宇宙の年齢全体、すなわち140億年に対する1秒のようなもの」だというものです。しかしこれで本当に理解できますか?私にはわかりません。どうですか?
少しだけわかったように思います。
ルイエ教授:人間の時間感覚では把握できないものである、ということに慣れるしかありません。幸いなことに、把握できなくても全く問題ありませんし、 数学と理論という抽象的な方法と実地実験がありますし。単純に表現すれば、アト秒は10-18秒となります。ですが、アト秒の長さについて考えるよりも、そもそもなぜこれほど短い時間を追求しようとしているのかについて考える方が、はるかに面白いと思います。
確かに。では、アト秒パルスは何に必要なのでしょうか?
ルイエ教授:自然界には、アト秒光パルスでなければ測定できないほどの非常に速い速度で起こる現象があります。その最も重要なものは、電子の動きです。フラッシュライト、すなわちパルスが短ければ短いほど、この現象の観察精度が高まります。私の研究グループのテーマはまだその手前で、現在は単純な原子の内部とその周囲で起きる現象に主に取り組んでいますが、それはその方が簡単だからです。技術をもう少し高めることができれば、より複雑な体系での、例えば分子での電子の動きを観察することが可能になるはずです。化学反応は、電子が動くことで発生しますが、 化学反応が始まる瞬間の電子の動きがいつかは測定可能になるはずです。
そうなったら?
ルイエ教授:何かを測定できることは、それを制御するための最初のステップです。ですので、遠い先の大きな目標は、いつか化学反応を電子レベルで制御できるようになることです。
そうなったら何が可能になるのしょうか?
ルイエ教授:明確なビジョンを描くのは難しいですね。これはあくまで基礎研究ですから。
ルイエ教授は1987年、ある実験中に高次高調波と呼ばれる現象を発見したんですよね。これは、アト秒パルス発生の前提条件となるものです。
ルイエ教授:はい、これは幸運な偶然でした!予想していなかったものに遭遇することほど素晴らしいものはありません。その後に、謎解きに取り組むことができますから。私たちの当時の本来の目的は、希ガスに強力なレーザ光を当てて、蛍光効果を検証することでした。その際、観察可能な最も強力な光が蛍光ではなく、レーザ周波数の高次高調波であることが判明したのです。これは私のキャリアを変える発見でした。その後、高次高調波を使用してアト秒パルスを生成できるようになりましたが、私は今でもそれを行っています。
高次高調波であれば想像することは可能ですか?
ルイエ教授:はい、それは可能です!これに関しては、宇宙とアト秒の場合よりもはるかに分かりやすい例えがあります。バイオリンの弦を弓で弾くと、純粋な音、つまり純粋な音の周波数だけでなく、他の周波数も発生します。 音楽ではこれを倍音と呼んでいます。これがあって初めて音に色が加わります。倍音は高調波です。同じようなことが、ガスに特定の条件下で強力なフェムト秒レーザパルスを当てた場合にも起きます。具体的には、波長がはるかに短い新しいレーザ周波数が発生します。高次高調波とは、レーザ物理学の倍音なのです。
高次高調波の光パルスで何ができるのでしょうか?
ルイエ教授:次のステップで、アト秒パルスを発生させることができます。ですが、それ自体も役に立つ存在です。ちょうど今、半導体業界向けのリソグラフィ・測定装置メーカーとの協力プロジェクトが進行しています。その狙いは、高次高調波で半導体上の極小構造を検査することにあります。基礎研究者である私にとって、これは滅多にない具体的なプロジェクトです。私たちの仕事が社会に役立つ可能性があるのを見て、驚いていると同時に嬉しく思っています。
ルイエ教授の研究はレーザテクノロジーにも役立っていますか?
ルイエ教授:はい。私たちアト秒物理学者は、何十年も前から再三再四レーザメーカーに、新しい超短パルスレーザを開発して、性能を高めるように促してきています。逆に、レーザ装置の性能が高まれば、もちろん私たちにもメリットがもたらされます。起点となるレーザ装置の性能が高まれば、高次高調波とアト秒パルスの質も高くなります。そしてその結果として、超短パルスレーザテクノロジー分野での診断・測定方法などの新技術が学術界側で再び生み出されることになります。つまり、常にお互いに刺激を与え合う関係であると言えます。ですが、この喜ばしい効果の他に、私には自分の仕事で最も大事にしていることがあります。
その最も大事なこととは何ですか?
ルイエ教授:私は研究者であると同時に、教育者でもあります。 多くの優秀な若者の教育を担当して、彼らの学術的な成長を見守る役目を授かっています。これは私ができる最大の貢献であると考えています。
スウェーデンのルンド大学で原子物理学を教えているアンヌ・ルイエ教授は、アト秒物理学研究分野の最も重要な創始者の一人に数えられています。2023年、同教授は研究成果が認められ、Berthold Leibinger財団から未来賞を受賞し、その数日後、ピエール・アゴスティーニ教授およびフェレンツ・クラウス教授と共にノーベル物理学賞を受賞しました。